新聞報道によると、アメリカのオール・プロ・スポーツ・キャンプス社が、娯楽施設のアイデアをディズニー社が盗用したとして損害賠償を求めていた事件で、8月11日、フロリダ州地裁の陪審は、ディズニー社に対し、2億4000万ドル(約260億円)の支払を命ずる評決を下したとのことである。評決によれば、ディズニー社は、オール・プロ・スポーツ社が1987年に持ちかけてきた、大リーグのキャンプ施設やホテルなどを組み合わせた複合娯楽施設の企画を採用しなかったが、その後、97年にディズニー社によりフロリダ州に開設された「ワイド・ワールド・オブ・スポ-ツ」が88箇所の点でオール・プロ・スポーツ社の案に酷似していたものとされている。
アメリカらしい規模のでかい裁判の話だが、オール・プロ・スポーツ社のアイデアはいったいどういう法的根拠で保護されたのだろうか。本件の詳細は不明であるうえ、私自身、アメリカの法律は詳しくないので、はっきりしたことは言えないが、きっとフロリダ州のトレード・シークレット法のようなもので保護されたのだと思う。トレード・シークレット、直訳すれば企業秘密であるが、簡単に言えば、価値のある秘密は法律上保護されるべきというものである。
アイデアをどう保護していくか、という問題は知的財産ビジネスに関係している者にとって頭の痛い問題である。特許庁なんかに登録することなく、創作したという事実だけで権利を取得することができる著作権法で保護するのが一番便利じゃないか、とお考えの人もいるかもしれない。ところが、まず、著作権というのは、「表現を保護するものであって、アイデアそのものを保護するものではない」という根本的な原理みたいなものがある。例えば、新しいゲームのルールや料理の作り方を考えついてルールブックやレシピを書いた場合、そのゲームのルールや料理の作り方自体はアイデアであって著作権法で保護されることはないが、ルールブックやレシピの表現は著作権法で保護されるということである(参考:ゲートボール規則集事件 東京地裁昭和59年2月10日判決)。だから、アイデアそのものの保護は著作権法の対象とするところではない。
では、特許権はどうか。この点、誤解をおそれずに言えば、特許権は確かに新しいアイデアを保護しようというものである。けれども、特許権によるアイデア保護にはいくつかの大きな問題点がある。最大の問題点は、特許権を得るためには、そのアイデアを世間に公開しなければならず、しかも、一定期間(日本の場合、特許を出願した日から20年間)が経過したら、特許権はきれてしまい、原則として誰でも使ってOKということになってしまうことだ。これでは門外不出の秘伝といったものはなくなってしまう。だから、門外不出の秘伝を守ろうとする人は、特許出願をすることをいやがる。その良い例がコカ・コーラである。仮に、コカ・コーラの創設者がコカ・コーラの製法を特許出願していたら、今ごろは誰でもコカ・コーラと同じ味の清涼飲料水を製造・販売することができたはずである(それにコカ・コーラという名前はつけれないにしても…)。ところが、彼は特許出願などせず、コカ・コーラの製法をひたすら問題不出の秘伝として、会社内でも特別な人間しか知り得ないようにすることによって、今までその秘密は守られてきているのである。イギリスにも、PIMM'S(ピムズ)という何故か夏にしか飲まないちょっと甘めのカクテルがある。これはPIMM'Sというお酒(アルコール度数25%)をレモネードで3,4倍にわって、レモンやオレンジを切ったものを加えるという簡単なカクテルで、イギリスの短い夏の風物詩として(屋外でのパーティーなんかのときによく飲むらしい)、かなり人気の高いものだが、PIMM'Sのオリジナル・レシピは、1840年代の初登場以来、秘密としても厳重に管理され、たった6人しか知らないとラベルに書いてあるので、特許出願なんかは当然していないのであろう。
また、最近はビジネスモデル特許などというものもアメリカでは盛んに認められているが、自分のアイデアが特許庁の審査をクリアして特許として認められるかは不確定な要素が大きい。今回のケースの複合娯楽施設のアイデアといったものは、少なくとも日本では特許権の対象となることは難しいのでなかろうか。
このように著作権でも特許権でも保護が不充分というときに重要となってくるのが、アイデアをそのままトレード・シークレットや営業秘密としてずっと保護していこうという考え方である。その法的方法の一つとして考えられるのが、秘密保持契約というものを当事者間で締結していくやり方である。よく、いくつかの会社が共同研究なんかをやるときに研究者が秘密保持に関する誓約書なんかにサインさせられるのも、この秘密保持契約の一種である。しかし、常に秘密保持契約書を締結していくことは難しい。今回のディズニーのケースでも、オール・プロ・スポーツ社が自分の企画をディズニー社にプレゼンする際に、秘密保持の誓約書なんかを一筆ディズニー社からとっておけば、そもそも今回のような事件は起きなかったであろうが、なかなか実際のビジネスでそのようなことを毎回行っていくことは難しい。
そこで、法律で一般的にトレードシークレット・営業秘密そのものを保護していこうという方法が必要となってくる。日本でも、従前は民法の不法行為という枠内で営業秘密を保護していたが、これだけでは不十分であるとして、1990年に不正競争防止法を改正して、明文で営業秘密の盗用や不正利用等を規制していくことにした。その際、法律上保護を受け得る営業秘密として認められるための要件として、(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)事業活動に有用な技術上、営業上の情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)が必要であると規定されている。この法律に違反して、他人の営業秘密を不正利用した場合には、差止めの対象となったり、損害賠償の対象となってしまう。そして、法律の保護は、特許権とは異なり、そのアイデアが営業秘密として管理され、世間に開示されない限り、原則としてずっと続いていくのである。
では、イギリスではどうなっているのだろう。日本と違って、営業秘密を直接保護する明文の法律はない(制定しようとする動きはずいぶん前からあるようだが…)。その代わり、伝統的に判例法により長いこと(1849年のプリンス・アルバート事件以来と言われている)保護されてきている。判例によって形成されてきた理屈を簡単に説明すると、ある情報が営業秘密と言える性質のものであって、秘密保持義務のある営業秘密として相手に伝えられた、あるいはその情報を秘密保持義務のある営業秘密であるとわかるような状況で受け取ったにも関わらず、その営業秘密を勝手に利用して損害を与えた場合には、"breach of confidentiality"として、差止請求や損害賠償の対象となるというものである。
イギリスでの"breach of confidentiality"に関する面白いケースとして、オアシス事件(Oasis case: Creation Records Ltd. v. News Group Newspapers Ltd. 1997 E.M.L.R 444)というものがある。これは、日本でも有名なロックバンドのOasisアルバムジャケットの撮影を極秘にホテルのプールサイドでやっていたところ(一緒に白いロールスロイスも配置していた)、これを別のカメラマンが勝手に盗み撮りして、その写真がタブロイド紙に掲載されたケースである。タブロイド紙を訴えたオアシス側の理屈としては、まず著作権があった。アルバム・ジャケットの撮影セット(のアレンジメント)自体が創作的なものであるから著作権法で保護されるというのが彼らの理屈だった。ところが、英国の著作権法では文学や音楽、彫刻やコラージュといった美術著作物など法律上列挙されているものにあてはまらないと著作物として認められないことになっており、アレンジされた撮影セット自体はそのいずれにも該当しない以上著作権法で保護していくことはできないと裁判所は判断した。そこで、オアシス側が主張したもう一つの理屈が"breach of confidentiality"(秘密保持義務違反)であった。当然、タブロイド紙側は盗み撮りカメラマンはオアシス側と秘密保持義務契約を締結したわけでもなく、撮影現場が営業秘密となっていることなんか知らされても無かったと反論した。しかし、裁判官は、警戒体制のしかれていた撮影現場の状況からして、オアシスのメンバーを含む撮影セットは営業秘密と保護されるものであって、カメラマンもそのことを認識すべきであったとして、カメラマンは"breach of confidentiality"(秘密義務違反)を行ったものとして、オアシス側の主張を認めた。このオアシス・ケースなんかは、特許法や著作権法では保護しようがなかったケースで、営業秘密として法的に保護していく方法の有用性がとてもわかり易い事例であろう。
このように、自分のアイデアを営業秘密として法的に保護していくことはとても効果的なことである。その際に必要なことは、まずそのアイデアや情報が営業秘密として保護されるくらいある程度価値があることである。あまりにくだらないことではだめだろう(例えば、隣の奥さんは、ネットにはまって月に数十万円使っているといった情報。ちなみに、イギリスの判例法では、こういったものは"tittle tattle"(くだらぬおしゃべり)として秘密保持義務の対象としない)。ただ、ビジネスのアイデアは一見くだらないと思われるものが、大当たりしたりするので、この用件はそんなにハードルの高いものとすべきではないだろう。難しいのは、アイデアを他人に伝えたり、プレゼンしたりする際に、その相手に営業秘密であることを認識させることである。きちんとしたビジネスの場であれば、秘密保持契約を締結しなくても、配布資料なんかにマル秘マークなんかを押していくことくらいは可能であろう。でも、友達どうしなんかではこれも難しくなる。そんなときは、せめて、人気のないところで「これは秘密だからね」と言ってアイデアを伝え、指きりげんまんくらいはなんとかしておきたいところである。(14/08/2000)
C pulpo 2000
アメリカらしい規模のでかい裁判の話だが、オール・プロ・スポーツ社のアイデアはいったいどういう法的根拠で保護されたのだろうか。本件の詳細は不明であるうえ、私自身、アメリカの法律は詳しくないので、はっきりしたことは言えないが、きっとフロリダ州のトレード・シークレット法のようなもので保護されたのだと思う。トレード・シークレット、直訳すれば企業秘密であるが、簡単に言えば、価値のある秘密は法律上保護されるべきというものである。
アイデアをどう保護していくか、という問題は知的財産ビジネスに関係している者にとって頭の痛い問題である。特許庁なんかに登録することなく、創作したという事実だけで権利を取得することができる著作権法で保護するのが一番便利じゃないか、とお考えの人もいるかもしれない。ところが、まず、著作権というのは、「表現を保護するものであって、アイデアそのものを保護するものではない」という根本的な原理みたいなものがある。例えば、新しいゲームのルールや料理の作り方を考えついてルールブックやレシピを書いた場合、そのゲームのルールや料理の作り方自体はアイデアであって著作権法で保護されることはないが、ルールブックやレシピの表現は著作権法で保護されるということである(参考:ゲートボール規則集事件 東京地裁昭和59年2月10日判決)。だから、アイデアそのものの保護は著作権法の対象とするところではない。
では、特許権はどうか。この点、誤解をおそれずに言えば、特許権は確かに新しいアイデアを保護しようというものである。けれども、特許権によるアイデア保護にはいくつかの大きな問題点がある。最大の問題点は、特許権を得るためには、そのアイデアを世間に公開しなければならず、しかも、一定期間(日本の場合、特許を出願した日から20年間)が経過したら、特許権はきれてしまい、原則として誰でも使ってOKということになってしまうことだ。これでは門外不出の秘伝といったものはなくなってしまう。だから、門外不出の秘伝を守ろうとする人は、特許出願をすることをいやがる。その良い例がコカ・コーラである。仮に、コカ・コーラの創設者がコカ・コーラの製法を特許出願していたら、今ごろは誰でもコカ・コーラと同じ味の清涼飲料水を製造・販売することができたはずである(それにコカ・コーラという名前はつけれないにしても…)。ところが、彼は特許出願などせず、コカ・コーラの製法をひたすら問題不出の秘伝として、会社内でも特別な人間しか知り得ないようにすることによって、今までその秘密は守られてきているのである。イギリスにも、PIMM'S(ピムズ)という何故か夏にしか飲まないちょっと甘めのカクテルがある。これはPIMM'Sというお酒(アルコール度数25%)をレモネードで3,4倍にわって、レモンやオレンジを切ったものを加えるという簡単なカクテルで、イギリスの短い夏の風物詩として(屋外でのパーティーなんかのときによく飲むらしい)、かなり人気の高いものだが、PIMM'Sのオリジナル・レシピは、1840年代の初登場以来、秘密としても厳重に管理され、たった6人しか知らないとラベルに書いてあるので、特許出願なんかは当然していないのであろう。
また、最近はビジネスモデル特許などというものもアメリカでは盛んに認められているが、自分のアイデアが特許庁の審査をクリアして特許として認められるかは不確定な要素が大きい。今回のケースの複合娯楽施設のアイデアといったものは、少なくとも日本では特許権の対象となることは難しいのでなかろうか。
このように著作権でも特許権でも保護が不充分というときに重要となってくるのが、アイデアをそのままトレード・シークレットや営業秘密としてずっと保護していこうという考え方である。その法的方法の一つとして考えられるのが、秘密保持契約というものを当事者間で締結していくやり方である。よく、いくつかの会社が共同研究なんかをやるときに研究者が秘密保持に関する誓約書なんかにサインさせられるのも、この秘密保持契約の一種である。しかし、常に秘密保持契約書を締結していくことは難しい。今回のディズニーのケースでも、オール・プロ・スポーツ社が自分の企画をディズニー社にプレゼンする際に、秘密保持の誓約書なんかを一筆ディズニー社からとっておけば、そもそも今回のような事件は起きなかったであろうが、なかなか実際のビジネスでそのようなことを毎回行っていくことは難しい。
そこで、法律で一般的にトレードシークレット・営業秘密そのものを保護していこうという方法が必要となってくる。日本でも、従前は民法の不法行為という枠内で営業秘密を保護していたが、これだけでは不十分であるとして、1990年に不正競争防止法を改正して、明文で営業秘密の盗用や不正利用等を規制していくことにした。その際、法律上保護を受け得る営業秘密として認められるための要件として、(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)事業活動に有用な技術上、営業上の情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)が必要であると規定されている。この法律に違反して、他人の営業秘密を不正利用した場合には、差止めの対象となったり、損害賠償の対象となってしまう。そして、法律の保護は、特許権とは異なり、そのアイデアが営業秘密として管理され、世間に開示されない限り、原則としてずっと続いていくのである。
では、イギリスではどうなっているのだろう。日本と違って、営業秘密を直接保護する明文の法律はない(制定しようとする動きはずいぶん前からあるようだが…)。その代わり、伝統的に判例法により長いこと(1849年のプリンス・アルバート事件以来と言われている)保護されてきている。判例によって形成されてきた理屈を簡単に説明すると、ある情報が営業秘密と言える性質のものであって、秘密保持義務のある営業秘密として相手に伝えられた、あるいはその情報を秘密保持義務のある営業秘密であるとわかるような状況で受け取ったにも関わらず、その営業秘密を勝手に利用して損害を与えた場合には、"breach of confidentiality"として、差止請求や損害賠償の対象となるというものである。
イギリスでの"breach of confidentiality"に関する面白いケースとして、オアシス事件(Oasis case: Creation Records Ltd. v. News Group Newspapers Ltd. 1997 E.M.L.R 444)というものがある。これは、日本でも有名なロックバンドのOasisアルバムジャケットの撮影を極秘にホテルのプールサイドでやっていたところ(一緒に白いロールスロイスも配置していた)、これを別のカメラマンが勝手に盗み撮りして、その写真がタブロイド紙に掲載されたケースである。タブロイド紙を訴えたオアシス側の理屈としては、まず著作権があった。アルバム・ジャケットの撮影セット(のアレンジメント)自体が創作的なものであるから著作権法で保護されるというのが彼らの理屈だった。ところが、英国の著作権法では文学や音楽、彫刻やコラージュといった美術著作物など法律上列挙されているものにあてはまらないと著作物として認められないことになっており、アレンジされた撮影セット自体はそのいずれにも該当しない以上著作権法で保護していくことはできないと裁判所は判断した。そこで、オアシス側が主張したもう一つの理屈が"breach of confidentiality"(秘密保持義務違反)であった。当然、タブロイド紙側は盗み撮りカメラマンはオアシス側と秘密保持義務契約を締結したわけでもなく、撮影現場が営業秘密となっていることなんか知らされても無かったと反論した。しかし、裁判官は、警戒体制のしかれていた撮影現場の状況からして、オアシスのメンバーを含む撮影セットは営業秘密と保護されるものであって、カメラマンもそのことを認識すべきであったとして、カメラマンは"breach of confidentiality"(秘密義務違反)を行ったものとして、オアシス側の主張を認めた。このオアシス・ケースなんかは、特許法や著作権法では保護しようがなかったケースで、営業秘密として法的に保護していく方法の有用性がとてもわかり易い事例であろう。
このように、自分のアイデアを営業秘密として法的に保護していくことはとても効果的なことである。その際に必要なことは、まずそのアイデアや情報が営業秘密として保護されるくらいある程度価値があることである。あまりにくだらないことではだめだろう(例えば、隣の奥さんは、ネットにはまって月に数十万円使っているといった情報。ちなみに、イギリスの判例法では、こういったものは"tittle tattle"(くだらぬおしゃべり)として秘密保持義務の対象としない)。ただ、ビジネスのアイデアは一見くだらないと思われるものが、大当たりしたりするので、この用件はそんなにハードルの高いものとすべきではないだろう。難しいのは、アイデアを他人に伝えたり、プレゼンしたりする際に、その相手に営業秘密であることを認識させることである。きちんとしたビジネスの場であれば、秘密保持契約を締結しなくても、配布資料なんかにマル秘マークなんかを押していくことくらいは可能であろう。でも、友達どうしなんかではこれも難しくなる。そんなときは、せめて、人気のないところで「これは秘密だからね」と言ってアイデアを伝え、指きりげんまんくらいはなんとかしておきたいところである。(14/08/2000)
C pulpo 2000