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新聞報道によると、アメリカのオール・プロ・スポーツ・キャンプス社が、娯楽施設のアイデアをディズニー社が盗用したとして損害賠償を求めていた事件で、8月11日、フロリダ州地裁の陪審は、ディズニー社に対し、2億4000万ドル(約260億円)の支払を命ずる評決を下したとのことである。評決によれば、ディズニー社は、オール・プロ・スポーツ社が1987年に持ちかけてきた、大リーグのキャンプ施設やホテルなどを組み合わせた複合娯楽施設の企画を採用しなかったが、その後、97年にディズニー社によりフロリダ州に開設された「ワイド・ワールド・オブ・スポ-ツ」が88箇所の点でオール・プロ・スポーツ社の案に酷似していたものとされている。

アメリカらしい規模のでかい裁判の話だが、オール・プロ・スポーツ社のアイデアはいったいどういう法的根拠で保護されたのだろうか。本件の詳細は不明であるうえ、私自身、アメリカの法律は詳しくないので、はっきりしたことは言えないが、きっとフロリダ州のトレード・シークレット法のようなもので保護されたのだと思う。トレード・シークレット、直訳すれば企業秘密であるが、簡単に言えば、価値のある秘密は法律上保護されるべきというものである。

アイデアをどう保護していくか、という問題は知的財産ビジネスに関係している者にとって頭の痛い問題である。特許庁なんかに登録することなく、創作したという事実だけで権利を取得することができる著作権法で保護するのが一番便利じゃないか、とお考えの人もいるかもしれない。ところが、まず、著作権というのは、「表現を保護するものであって、アイデアそのものを保護するものではない」という根本的な原理みたいなものがある。例えば、新しいゲームのルールや料理の作り方を考えついてルールブックやレシピを書いた場合、そのゲームのルールや料理の作り方自体はアイデアであって著作権法で保護されることはないが、ルールブックやレシピの表現は著作権法で保護されるということである(参考:ゲートボール規則集事件 東京地裁昭和59年2月10日判決)。だから、アイデアそのものの保護は著作権法の対象とするところではない。

では、特許権はどうか。この点、誤解をおそれずに言えば、特許権は確かに新しいアイデアを保護しようというものである。けれども、特許権によるアイデア保護にはいくつかの大きな問題点がある。最大の問題点は、特許権を得るためには、そのアイデアを世間に公開しなければならず、しかも、一定期間(日本の場合、特許を出願した日から20年間)が経過したら、特許権はきれてしまい、原則として誰でも使ってOKということになってしまうことだ。これでは門外不出の秘伝といったものはなくなってしまう。だから、門外不出の秘伝を守ろうとする人は、特許出願をすることをいやがる。その良い例がコカ・コーラである。仮に、コカ・コーラの創設者がコカ・コーラの製法を特許出願していたら、今ごろは誰でもコカ・コーラと同じ味の清涼飲料水を製造・販売することができたはずである(それにコカ・コーラという名前はつけれないにしても…)。ところが、彼は特許出願などせず、コカ・コーラの製法をひたすら問題不出の秘伝として、会社内でも特別な人間しか知り得ないようにすることによって、今までその秘密は守られてきているのである。イギリスにも、PIMM'S(ピムズ)という何故か夏にしか飲まないちょっと甘めのカクテルがある。これはPIMM'Sというお酒(アルコール度数25%)をレモネードで3,4倍にわって、レモンやオレンジを切ったものを加えるという簡単なカクテルで、イギリスの短い夏の風物詩として(屋外でのパーティーなんかのときによく飲むらしい)、かなり人気の高いものだが、PIMM'Sのオリジナル・レシピは、1840年代の初登場以来、秘密としても厳重に管理され、たった6人しか知らないとラベルに書いてあるので、特許出願なんかは当然していないのであろう。

また、最近はビジネスモデル特許などというものもアメリカでは盛んに認められているが、自分のアイデアが特許庁の審査をクリアして特許として認められるかは不確定な要素が大きい。今回のケースの複合娯楽施設のアイデアといったものは、少なくとも日本では特許権の対象となることは難しいのでなかろうか。

このように著作権でも特許権でも保護が不充分というときに重要となってくるのが、アイデアをそのままトレード・シークレットや営業秘密としてずっと保護していこうという考え方である。その法的方法の一つとして考えられるのが、秘密保持契約というものを当事者間で締結していくやり方である。よく、いくつかの会社が共同研究なんかをやるときに研究者が秘密保持に関する誓約書なんかにサインさせられるのも、この秘密保持契約の一種である。しかし、常に秘密保持契約書を締結していくことは難しい。今回のディズニーのケースでも、オール・プロ・スポーツ社が自分の企画をディズニー社にプレゼンする際に、秘密保持の誓約書なんかを一筆ディズニー社からとっておけば、そもそも今回のような事件は起きなかったであろうが、なかなか実際のビジネスでそのようなことを毎回行っていくことは難しい。

そこで、法律で一般的にトレードシークレット・営業秘密そのものを保護していこうという方法が必要となってくる。日本でも、従前は民法の不法行為という枠内で営業秘密を保護していたが、これだけでは不十分であるとして、1990年に不正競争防止法を改正して、明文で営業秘密の盗用や不正利用等を規制していくことにした。その際、法律上保護を受け得る営業秘密として認められるための要件として、(1)秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2)事業活動に有用な技術上、営業上の情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)が必要であると規定されている。この法律に違反して、他人の営業秘密を不正利用した場合には、差止めの対象となったり、損害賠償の対象となってしまう。そして、法律の保護は、特許権とは異なり、そのアイデアが営業秘密として管理され、世間に開示されない限り、原則としてずっと続いていくのである。

では、イギリスではどうなっているのだろう。日本と違って、営業秘密を直接保護する明文の法律はない(制定しようとする動きはずいぶん前からあるようだが…)。その代わり、伝統的に判例法により長いこと(1849年のプリンス・アルバート事件以来と言われている)保護されてきている。判例によって形成されてきた理屈を簡単に説明すると、ある情報が営業秘密と言える性質のものであって、秘密保持義務のある営業秘密として相手に伝えられた、あるいはその情報を秘密保持義務のある営業秘密であるとわかるような状況で受け取ったにも関わらず、その営業秘密を勝手に利用して損害を与えた場合には、"breach of confidentiality"として、差止請求や損害賠償の対象となるというものである。

イギリスでの"breach of confidentiality"に関する面白いケースとして、オアシス事件(Oasis case: Creation Records Ltd. v. News Group Newspapers Ltd. 1997 E.M.L.R 444)というものがある。これは、日本でも有名なロックバンドのOasisアルバムジャケットの撮影を極秘にホテルのプールサイドでやっていたところ(一緒に白いロールスロイスも配置していた)、これを別のカメラマンが勝手に盗み撮りして、その写真がタブロイド紙に掲載されたケースである。タブロイド紙を訴えたオアシス側の理屈としては、まず著作権があった。アルバム・ジャケットの撮影セット(のアレンジメント)自体が創作的なものであるから著作権法で保護されるというのが彼らの理屈だった。ところが、英国の著作権法では文学や音楽、彫刻やコラージュといった美術著作物など法律上列挙されているものにあてはまらないと著作物として認められないことになっており、アレンジされた撮影セット自体はそのいずれにも該当しない以上著作権法で保護していくことはできないと裁判所は判断した。そこで、オアシス側が主張したもう一つの理屈が"breach of confidentiality"(秘密保持義務違反)であった。当然、タブロイド紙側は盗み撮りカメラマンはオアシス側と秘密保持義務契約を締結したわけでもなく、撮影現場が営業秘密となっていることなんか知らされても無かったと反論した。しかし、裁判官は、警戒体制のしかれていた撮影現場の状況からして、オアシスのメンバーを含む撮影セットは営業秘密と保護されるものであって、カメラマンもそのことを認識すべきであったとして、カメラマンは"breach of confidentiality"(秘密義務違反)を行ったものとして、オアシス側の主張を認めた。このオアシス・ケースなんかは、特許法や著作権法では保護しようがなかったケースで、営業秘密として法的に保護していく方法の有用性がとてもわかり易い事例であろう。

このように、自分のアイデアを営業秘密として法的に保護していくことはとても効果的なことである。その際に必要なことは、まずそのアイデアや情報が営業秘密として保護されるくらいある程度価値があることである。あまりにくだらないことではだめだろう(例えば、隣の奥さんは、ネットにはまって月に数十万円使っているといった情報。ちなみに、イギリスの判例法では、こういったものは"tittle tattle"(くだらぬおしゃべり)として秘密保持義務の対象としない)。ただ、ビジネスのアイデアは一見くだらないと思われるものが、大当たりしたりするので、この用件はそんなにハードルの高いものとすべきではないだろう。難しいのは、アイデアを他人に伝えたり、プレゼンしたりする際に、その相手に営業秘密であることを認識させることである。きちんとしたビジネスの場であれば、秘密保持契約を締結しなくても、配布資料なんかにマル秘マークなんかを押していくことくらいは可能であろう。でも、友達どうしなんかではこれも難しくなる。そんなときは、せめて、人気のないところで「これは秘密だからね」と言ってアイデアを伝え、指きりげんまんくらいはなんとかしておきたいところである。(14/08/2000)

C pulpo 2000
先日、オンライン音楽交換サイトのナップスター(Napstar)に対し、著作権つきの音楽ファイルのナップスターのサイトへの掲載の差止めを命ずる仮処分命令がアメリカ連邦地裁から下されたことは、日本でも大きく報道されたようなのでご存知の方は多いと思う。

ナップスターのソフトを利用することによって、ユーザーはナップスター設置のインターネットサーバーを経由して、自分のハードディスクの一部を公開して自分が保存しているMP3ファイルを他のユーザーと共有したり、他のユーザーがナップスターを使って公開しているMP3ファイルを自由にダウンロードすることができた。つまり、友人同士でCDの貸し借りをしていたことを全世界規模で、しかも無料でできるようにしたのである。果たして、このサービスは開始以来爆発的な人気になり、あっという間に全世界で約2000万の人々がナップスターを利用するようになった。

これに怒ったのが権利者側であるレコード業界。1999年12月、RIAA(全米レコード業協会)は、ナップスターで交換されているファイルの多くは海賊版である以上(すなわちユーザーは著作権者の許諾無く違法に音楽ファイルを交換している)、ナップスターはユーザーによる著作権侵害行為を助長し侵害行為に寄与しているものであるとして、著作権侵害を理由にナップスターを訴えた。(ちなみに、ヘビメタバンドのメタリカも、今年4月に、ナップスターなどを同様に訴えている。)

権利者側であるRIAAに有利な裁判であるが結論までは時間がかかるだろうという予想をくつがえし、7月26日、米連邦地裁のPetel判事は、ナップスターに対し、「著作権付きのすべての楽曲、ならびに原告が権利を保有している全ての音楽作品について、これを複製したり、あるいは複製を助けたりする行為を中止するように」と命じた。ナップスターは控訴する模様であるが、ナップスターのインターネットを利用した新しいビジネスそのものが崩壊の危機に追い込まれたことは事実であろう。

著作権者と新しいテクノロジーの闘いは、ナップスターの事件に限らない。ナップスター・ケースの直前には、同じくRIAAがRioというMP3再生装置を販売したDiamond社を訴えたケースが記憶に新しい(この事件は最終的には和解で終了)。古いところでは、ベータマックス事件(Sony Corp. of America v. Univesal City Studios, Inc)が思い起こされる。これは、いまはなき(?)ビデオデッキであるベータマックスを製造・販売していたソニーを、映画会社のユニバーサルやディズニーが著作権侵害を理由に訴えたものである。すなわち、ベータマックスを購入した消費者はテレビで放送される映画を勝手に録画をしており、これは著作権侵害行為であり、そのような著作権侵害行為を助長する機械であるベータマックスを製造・販売しているソニーも法的な責任があるというのが映画会社の主張するところだった。

アメリカの著作権法では、一般的に著作物の公平な使用を認める、いわゆるフェア・ユース条項(107条)はあるものの、日本の著作権法30条のように、私的目的での個人の録音や録画は著作権侵害にならないとする明文の規定はなかったため、そのような私的録画行為がフェア・ユースに該当するか否かがベータマックス事件における最大の争点となった。結果は、最高裁で5対4の僅差でかろうじてソニー側の勝訴、つまり著作権侵害には該当しないとの判断がなされた(第一審はソニーの勝訴、第二審は映画会社の勝訴だった)。ビデオデッキは、視聴者がテレビ放映された映画を都合の良いときに見られるようにするため、すなわちタイムシフト(time shifting)目的で利用されることが多く、著作権者に与える害は少ないというのが最高裁の最大の理屈だった。(ちなみに、イギリスには、私的複製を認める日本の著作権法30条に該当する規定がないばかりか、一般的に著作物の公平使用(フェア・ユース)を認める米国著作権法107条のような規定もない。したがって、ダブルカセットデッキを利用して著作権のある音楽を無許諾でダビングする消費者の行為自体は理論的には著作権侵害となる可能性が高い。)

このようなタイプの紛争はアメリカに限られない。イギリスでも、ダブルカセットデッキの製造・販売が問題になったケースがある(CBS Songs Ltd v Amstrad Consumer Electronics plc: 1987 All ER 151)。無許諾のテープのダビングを助長するダブルカセットデッキの製造・販売は著作権侵害であるとして、レコード会社がデッキの製造会社を訴えたケースである。このケースにおいて、裁判所は、必ずしも違法目的でダブルカセットが利用されるわけではないこと、デッキの製造会社はデッキの販売後はその利用方法をコントロールできるわけではないこと、デッキの製造会社が無断複製は著作権侵害になることを広告で消費者に警告していたこと等を理由に、ダブルカセットデッキの製造・販売行為自体は著作権侵害行為に該当しないと判断した。

音楽や映画の権利者と新しいテクノロジーとの闘いは裁判の場に限られない。膨大な音楽や映画ソフトの著作権を有する権利者側は、それを盾に、新しいテクノロジーに様々な制約を求める。新しいテクノロジーに十分に著作権保護機能が付されるようになるまで、ソフトの提供を行わないことはよくあることである。そのためにすばらしい技術でありながら、普及しなかったテクノロジーは少なくない。また、DVDやテレビゲームのように、世界各地で使用コードを変えたりして流通をコントロールしていこうとする。

このように音楽や映画の権利者が新しいテクノロジーの登場に対して訴えを起こしたりする理由は、新テクノロジーによって自分たちの売上が減ってしまうことを恐れるからである。自宅での音楽や映画の私的なコピーが簡単に良質にしかも安価でできるようになれば、正規のレコードやビデオの売上が減少すると考えることは自然なことである。自らが音楽や映画の製作に対して行った投資がもたらす利益を、著作権を通して防衛していこうという行為なのであろう。しかし、もちろん、新しいテクノロジーの登場は権利者側に害悪をもたらすとは限らない。例えば、ビデオデッキの登場により、映画会社は新しい市場を創設することに成功し、セルビデオやレンタルビデオがもたらす利益は映画会社にとっていまや欠かせないものとなっている。大切なのは、著作権者側と新しいテクノロジーの開発者・利用者側がお互いの利益を尊重し、相互に譲歩し、新しいテクノロジーを有効に利用していくことであろう。その際、大切なのはスピードである。もめているうちに、その技術が時代遅れになってしまうのではお話にならない。(00/7/30)

C pulpo 2000
イギリスは今ユーロ2000で盛り上がりまくっている。ユーロ2000とは、簡単に言えば、サッカーのヨーロッパ大会みたいなもので日本ではサッカーファンを除けばそれほど知られていないものであるが、こちらではワールドカップ並の盛り上がりを見せている。レベルも高く、ブラジルとアルゼンチンを加えてたらワールドカップになると言われている程で、実際、この前のワールドカップ3位のクロアチアが予選で敗れ、イングランドもやっとこさ予選を突破したくらいだ。

さて、今日、6月12日、大会3日目はいよいよイングランドの登場。ポルトガルとの予選第1戦である。この2年間、イングランドへの恨みは多々あれど、今日ばかりはイングランド頑張れの気持ちで盛り上がり何となく落ち着かない時間を過ごしている。ただ、イングランド戦でなくとも、愛しいアーセナルの選手が各国の代表として出場しているので飽きることなく応援することができる。例えば、優勝候補のフランスには、アンリ、プティ、ヴィエラが、同じく優勝候補で開催国のオランダにはベルカンプとオーバーマースといったふうに、あっちこっちでアーセナルの選手が主力として大活躍している。そう考えるとアーセナルはなんと国際的なチームだったのだろう。そして、これはアーセナルに限ったことではなく、同じロンドンのチームであるチェルシーなどはレギュラーのほとんどをイングランド人以外が占め、傭兵軍団と呼ばれているくらいだ。

ところで、こんなにイングランドのプロチームが国際的になった背景には一つの判決が大きな影響を与えている。1996年に欧州司法裁判所が下したいわゆるボスマン判決(ASBL v Bosman C415/93)がそれである。この事件では、ベルギーのプロチームからフランスのプロチームに移籍しようとしたボスマンという選手が、高額な移籍金の支払能力等の問題で結局移籍できなくなったことに怒り、裁判を起こしたケースで、欧州司法裁判所は、選手の移籍に関する移籍金の支払制度やチーム毎の外国人枠が、EU内における「人の自由移動」「労働者の自由移動の権利」を保障したローマ条約48条(現39条)に違反するとして、EU加盟国の選手に関しては、かかる移籍金制度と外国人枠を撤廃することを命じた。この結果、少なくとも、EU加盟国出身の選手は何人でも同一チームに所属することができるようになり、イングランドのチームも一気に国際化したのである(ただし、EU加盟国以外の選手に関しては依然として外国人の人数枠がある)。そして、ダサいダサいと言われたアーセナルにも多くのEUの選手が加入し、今では本当に美しいプレーを展開するようになったのである。

それにしても気になることが一つある。イングランドのチームにはEU加盟各国から数多くの選手がやってきて(自国に比べ飯がまずいにも拘わらず)大活躍しているのに、イングランドの選手はほとんど海外のチームに出ていっていないことである。プレミアリーグで十分にお金を稼げるというのも理由の一つであろうが、島国イングランド人特有の閉鎖性がここにも現れているような気がする。やはり他の国で選手が揉まれることも自国のナショナルチームが強くなる要因の一つなのではなかろうか(良い例がフランスやオランダである)。さて、今日のポルトガル戦どうなることでしょうか?

(今回は知的財産権とは関係のない話でしたが、一応、ヨーロッパの法律とは関係がある話しということでご容赦下さい。)

追伸 たった今、イングランドは2点を先取したにも拘わらず、結局2対3で逆転負けしてしましました。ちなみにイングランドの2点のうち、1点はスペインのレアル・マドリッドで活躍するマクマナマンによるもの。果たしてイングランドは今日の敗戦から何を学ぶのか?次は6月17日の宿敵ドイツ戦。もう勝つしかない!(00/6/12)

C pulpo 2000
皆さんの多くはブランド品のいわゆる並行輸入品を安く買ったことがあるのではないでしょうか。買ったことがないとしても、偽物でない限り、ブランド品の並行輸入が法律上違法なものとは思ってはいないのでしょう。並行輸入とは、外国で適法に製造・販売された商品(いわゆる「真正商品」)を、日本における商標権者等の許諾を得ず(正規代理店を通さずに)、日本に輸入し一般に販売することを言います。有名ブランドの化粧品やバッグ、スポーツシューズ等を並行輸入して販売する場合、法律的に最も問題になるのがかかる行為が日本における商標権を侵害しないかという点です。すなわち、商標権等の知的財産権は国ごとに成立するものですから、海外で適法に購入した商品であっても、日本で輸入・販売することは別途日本の商標権等を侵害するのではないかという問題です。この点、日本では、昭和40年代の前半頃までは商標権を侵害すると考えられていましたが、現在の日本では、ブランド品の並行輸入はそれが本物であって、かつ品質等に差異がない限り、原則的にはブランド会社の日本における商標権を侵害しないものと考えられています。※1

このように並行輸入が商標権を侵害しないと考えられているのは、商標権の本質論に基づいています。すなわち、そもそも商標権の本質というものは、商標(例えばNIKE)によって誰の責任で商品が製造・販売されているのかを消費者等に明らかにすることを保証しようとしているものです。これを商標の出所表示機能と言います。ところで、並行輸入の場合、たとえ海外からの並行輸入品であっても本物である限り正確にその商品の出所を商標は正しく示していますので、少なくとも商標の出所表示機能は害されていません。だから、商標権は実質的には侵害されていないというのが日本の裁判所の理屈です。これに対して、並行輸入業者は、自ら宣伝等の努力をせず、ブランド商品を安く海外から仕入れて日本で販売することによって、そのブランドが有する高級イメージにただ乗り(フリーライド)しているとして商標権に基づき並行輸入をもっと規制すべきとする意見もありますが、国際化、ボーダレス化の時代だから並行輸入は促進させるべきで、商標権によって並行輸入を防止することは原則として認めるべきでないという意見の方が圧倒的な状況です。

米国でも、品質等に実質的な差異のない限り、商標権に基づいて並行輸入を禁止することは困難であるとされており、ヨーロッパの多くの国においてもかつては同じような見解でした。ところが、EU内の結束が近時強くなる中、状況は一変してきています。ヨーロッパの中でEUという共同体に加盟している国においては、共同体内における商品とサービスは自由に流通されるべきという大原則があり、共同体内のある国でいったん権利者の承諾に基づいて市場に置かれた商品については、当該商標権は使い尽くされ(これを「権利の消尽(exhaustion of rights)」)といいます)、それ以降、共同体内の他の国で輸入・販売する行為について商標権者はもはや文句を言うことはできないと従来から考えられてきており、この点は現在でも変わりはありません。このようにEU内で権利が消尽してしまうという考え方を「域内消尽(community exhaustion)」と言います。

では、EU外から並行輸入される場合はどうなのでしょうか。EU(正確にはEEA:欧州経済圏)の圏外からのEU内に輸入される商品についても、EU内の各国間で輸入される商品と同じように、商標権は消尽してしまっており、並行輸入は許されるべきなのでしょうか。このような考え方を国際消尽論と言い、ドイツなどでは1990年代の前半頃までこのような考え方が判例上採られていました。つまり、日本や米国と同様に世界各国からの並行輸入を原則的に認めるという考え方が採られていました。ところが、1998年、ヨーロッパ裁判所は、商標権が国際的に消尽するという考え方をEU加盟国が採用することは許されないという判決を下しました(シルエット判決)。すなわち、商標権は国際的に消尽せず、EU外からの並行輸入に対して商標権者は文句を言うことができるという理屈を採用したのです。このECJの判決は、並行輸入に対する個人的な見解は別としても、日本や米国での一般的な見解からすれば、驚くべき結論であって衝撃的ですらあります。このような判決も最近のEUの要塞(fortress)化の一つのあらわれであると指摘する人もいます。

ところで、この要塞がどれだけ強固なものとなるかという点においては、EUの異端児たる英国の対応が大きなポイントとなるのではないでしょうか。いまだに、EUの統一通貨であるユーロへの参加を決定していない英国の今後の対応は予測しづらいものがあります。ところで、上記のECJのシルエット判決後間もない昨年5月、英国の高等裁判所で商標権と並行輸入の関係につき、注目すべき判決がなされました(Davidoff事件 1999年5月19日)。フランスのDavidoff社が、”Cool Water”,”Davidoff Cool Water”との商標が付された自社商品をEEA圏外からイギリスへ並行輸入した業者を訴えたケースですが、前述のシルエット判決の直後ですから、原告は自信満々でした。ところが、高等裁判所(High Court)Laddie裁判官は、「シルエット判決は、加盟国が国際消尽論を採用するのを禁じたに過ぎない。すなわち、商標権が国際消尽することにより、EU圏外からの輸入に対して商標権に基づく文句が全く言えなくなるという理屈をとってはならないと述べたにすぎないのであって、個別の事案における様々な具体的事情に基づき、商標権者が黙示にEU圏外からの輸入を承諾したとみなすことは妨げられない。」というわかったようなわからないような理屈を示して、結局、本件においても、はっきり並行輸入を禁止しているということが明確でないので、並行輸入は許されるべきという判断を示しました。

この判決は、シルエット判決の帰結としてEU外からの並行輸入は商標権を原則的に侵害し、許されないものとなると考えていた多くの専門家達を驚かせました。この考え方がECJでも維持されるかは疑問のあるところですが、EUの常識に対する英国の独自性を発揮した判断であることは間違いありません(このようなことは裁判上過去にもありました)。これでは、EU要塞の水もれの心配も大きいのではないでしょうか。(4/20/00)

※1 但し、当該ブランド品について特許権や意匠権が認められているような例外的な場合で、商品上海外での販売に限られていることが明らかになっているような場合には、並行輸入が特許権や意匠権を侵害することになります。また、映画のビデオカセットを海外から並行輸入して日本で販売することも、例外的に日本における著作権を侵害する行為と裁判上判断されています)
さる3月30日、インターネットのHPにおけるリンク行為につき、注目すべきというか、驚くべきというか、とにかくいわゆるリンク行為のついて重大な判決が大阪地裁でなされました。きっと日本のマスコミが大きく取り上げたと思われますが、ちょっとこのページでも取り上げてみたいと思います。

問題の判決は、付け外しが可能な画像処理ソフト「FLマスク」を開発した横浜市の会社員(本件の被告)が、FLマスクを配布する自身のHPと、このFLマスクを用いて男女のあやしいところを隠すアダルト画像を掲載する2つの他人のHPとの間でリンクを張った行為が、猥褻図画(わいせつとが)公然陳列罪の幇助(ほうじょ)罪(要するに他人の犯罪が行われるのを手助けした罪)に該当するものとして、被告に懲役1年(執行猶予3年)の有罪判決を言い渡したものです。この事件は、「リンク行為自体が犯罪に問われた」ものとして世間の注目を集め、この判決の理屈からすれば、他人が撮った写真や他人の文章を勝手に掲載し、著作権侵害(一応立派な犯罪行為)をしているHPにリンクを張る行為自体が犯罪になり得る、という批判までも受けています。私自身としては、そこまでこの判決の射程は及ばないのではないかと思いますが、最近の警察、検察庁、そして裁判所の対応はどうもインターネットに厳しい気がするので、例えば、ほとんど人気のない誰も知らないようなサイトで著作権を侵害するような行為がなされており、そのサイトについて非常に人気の高いサイトがリンクを張ったような場合、もしかしたら違法と判断されるのかもしれません。

また、この判決でもう一つ注目される点としては、判決が被告の幇助行為(犯罪手助け行為)を認定するに際して、被告がアダルト画像を掲載するHPの製作者に対して、Eメールで自身のサイトにリンクする点についての許可を求め、許諾がもらえたお礼に自身が開発したFLマスクのシェアウェア代金を免除する登録コードの進呈する旨をさらにEメールで伝えた点を重視したことです。つまり、いわゆるネチケットに従った行為があだになったわけです。

ところで、著作権侵害行為や猥褻画像の掲載や無断での他人の著作物を掲載するようなことをしていない適法なサイト(このHPのように…)に対し、無断でリンクを張る行為は違法なのでしょうか。この点に関する日本の裁判所の判断はまだありませんが、一般的には、リンクを張った者が自ら当該ホームページを作成したかのごとくふるまったり、ホーム・ページの表現につき誤解を与えるような形でフレーム処理したような場合でなければ、著作権法上の違法な行為には該当しないと考えられています。

ところが、この点について、英国でこれまたびっくりするような判決がなされています。1996年のシェトランド・タイムズ事件がそれです。原告である新聞社シェトランド・タイムズは自らの記事を掲載したインターネット・サイトを持っていましたが、被告がシェトランド・タイムズのヘッドラインで構成されるサイトをネット上に作り、そのヘッドラインをクリックすると、リンクしてあるシェトランド・タイムズのサイトの記事が読めるようになっていました(その際、シェトランド・タイムズのサイトにおいて広告が掲載されているHPを経由せずにダイレクトに記事の内容だけが読めるようにリンクしてあったことが、シェトランド・タイムズを怒らせた点でした)。裁判所は、かかる行為は著作権者に無断で自らの有線番組サービスに使用することに該当するとして、サービスの差し止めを命じました。インタラクティヴな点に特徴があるインターネットでありながら、それを有線番組サービスと認定した点などからこの判決には批判も強かったのですが、和解で解決したため、上級審の判断はなされませんでした。いずれにしろ、この判決は日本と内容を異にする英国の著作権法の条項に基づくものであって、日本にはそのままあてはまりませんが、国によっては適法なサイトへの無断のリンク行為自体が著作権侵害に該当するとの判断がなされている事実には注意すべきでしょう。しかも、旧英国領だった国ではイギリスの著作権法に類似した内容の著作権法を規定していますので、その影響はイギリスのみにとどまりません。なお、米国でも、トータルニュース事件のように、勝手に著名なメディアのサイトにリンクしその記事を読めるようにして、広告料を稼いでいたサイトが訴えられたりしています(事件は和解で解決しました)。

結局のところ、リンクの際には、「ロンドン物語」のように、あやしげでない健全なサイトとの間で、事前に了承を得て、リンクを張っていくことが一番安全だし、ネチケットにも合致するのでしょう。(00/4/19)

PS という訳で、当HPでは健全な相互リンク大募集中です!
前回にアバに関する問題を出しておきながら、放置すること3ヶ月以上、いくら読んでいる人がほとんどいないからといってもちょっとひどすぎますなあ。とにかく年内に、新しいミレニアムが到来しない内に、その回答は書かねばと思い、今回はちょいとあせっております。

いやいや、とにかく「MAMMA MIA!」は面白いミュージカルです。すげえくだらなくて、とても単純で、中身も大してないのですが、とっても幸せにしてくれるミュージカルだと思います。でも、そんなミュージカルを見ても、純粋に感動して幸せになるのではなく、自分の儲け話しを考える輩の存在は洋の東西を問わず否定できません。このアバ・ブームに便乗して、アバのロゴの入ったTシャツが勝手に作られる可能性はここロンドンでも十分にあります。

では、これは法律違反行為なのでしょうか?最近のアバのCDなんかを見ると、アバのロゴの隣に小さくマルアール(円の中にRのマーク)のマークが入っていますが、これは「Registered Trademark(登録商標)」の頭文字で原則的にはマルアールが付いているロゴ(ここではアバのロゴ)等が商標登録されていることを意味します。従って、衣服類に関してもアバのロゴが商標登録されている可能性は高いと考えられます。とすれば、アバのロゴを勝手に入れたTシャツは当然違法商品になるはずです…。いやいや、ここイギリスでは話しはそう簡単ではないのです。

最近の有名なケースで「Elvis Presley Trade Marks」(1997 RPC 543)という事件があります。事件の名前からも想像できるように、かの有名なエルビス・プレスリーの名前に関するケースです。このケースでは、ある会社が遺族から委託されてプレスリーのサインを商標登録していたところ、無断でマグカップとかにプレスリーの名前をプリントして販売する者が現れたので、商標権者は当然このような使用にクレームを申し立てました。しかし、ラディー(Laddie)裁判官は、「プレスリーはとても有名な歌手で、一般の人々は、プレスリーの名前が入った記念品を買う場合、その有名な歌手の名前が付いているから買うだけであって、その歌手と関係のある業者の商品だと考えて買っているのではない。そうである以上、プレスリーの名前は、当該商品の出所を他の商品の出所と区別する商標として機能していないと言わざるを得ない」として、商標権侵害を認めませんでした。

つまり、裁判所には、商標というものは、例えば、アディダスのマークがついていれば、アディダス社もしくはその関連会社が製造した商品で、品質も良く、他のマークのついている商品とは出所が違うと消費者らが判断できるためのものであるという考えが根底にあります(このような商標の機能を、出所識別機能及び品質保証機能と言います)。ところが、プレスリーのような有名人の名前そのもののような場合には、消費者は、プレスリーが好きだから買うのであって、プレスリーの名前が付いている商品そのものを信頼して買っているわけではありません。そこで裁判所は、プレスリーの名前は、先ほど説明したアディダスのように、出所を識別したり、商品の品質を保証するという商標本来の働きをしていないと裁判所は判断したのです。

このような裁判所の考え方に従うならば、アバが有名であればあるほど、アバの商標を登録しても、あまり意味がなくなってくるという皮肉な結果になってしまいます。つまり、MAMMA MIA!のお陰で、アバのブームが再燃すればするほど、少なくとも商標権に基づく無断Tシャツの取り締まりは難しくなるという、なんだか納得できないようなことになってしまいます。

それでは、商標権ではなく、前回説明したパッシングオフ(日本では不正競争防止法)によって取り締まることはできないのでしょうか。話が長くなってきたので、これは次回ということで、皆さん良いお年を。(99/12/31)

偽物のシャネルのバッグ、ナイキの偽物シューズetc、ある商品が売れれば必ずといっていいほど、その偽物がすぐさま出回る。たまに、ニュースで警察が大量の偽物商品を押収している様子が報道されているが、それでも偽物はなくならない。こういった偽物商品が法律に違反することは明らかなことで、場合によっては、刑法上の犯罪行為にもあたる。なぜか。法律的な理由は幾つか考えられるが、一番重要な点は無断でCHNELやNIKEといった登録商標を使用している点である(商標法上の商標権の侵害。これに対して、タイタニックの海賊版ビデオの場合は、タイタニックという映画の著作権を侵害している点が主たる理由となる)。

こういった典型的な偽物商品とは別にいわゆる「パクリ商品」というものも結構世に出回っている。例えば、数年前に「たまごっち」がブームになったときに、「たまごっち」そのものではなく、BANDAIの商標も使っていないけれども、よく似た商品が大量に出回ったことは記憶に新しい。いわゆる便乗商法というやつである。こういった商品はまさに「たまごっち」の評判や名声に「ただ乗り(Free Ride)」して、簡単に儲けようとしているのであるが、これが法的に違法かといえば、ことはそう単純ではない。違法な場合もあれば、違法とならない場合もあるという国会答弁みたいな答えにならざるを得ない。技術・産業そして文化についても、多かれ少なかれ他人の成果をある程度利用する形で発展してきた。「学ぶ」という言葉が「真似ぶ(まねぶ)」という言葉に由来しているように、全ての「ただ乗り」を禁止してしまっては技術・産業の効率的な発展というのは非常に難しくなる。しかし、全ての「ただ乗り」を許してしまったら、誰も多大のお金や時間をかけて新しい発明に取り組もうとはしなくなるだろう(インセンティヴの喪失)。

では、「ただ乗り」はどこまで許され、どこから禁止すべきなのだろうか。このライン引きは非常に難しい問題で、国ごとにこのラインの位置は異なってくる。背景としてのそれぞれの文化の違いも影響しているのであろう。フランスなどは「ただ乗り」にかなり厳しい国と言えよう。例えば、「Mars」事件というものがある。「Mars」という非常にヨーロッパで売れていたチョコレートバーに対抗すべく「Metra」という商品をライバルメーカーが新たに売り出した。商品の名前もパッケージの外観も異なっており、少なくとも消費者が「Metra」を見て「Mars」と勘違いしたり、関連商品と考えたりするような可能性は認められなかったにも拘わらず、裁判所は、商品ラインナップも全く同じ(通常の大きさの1個入り、ミニチョコ1個入り、3個入り)で、それぞれのサイズのチョコレートバーの重さも同じであった点を重視して、「Metra」は「Mars」のマーケティング手法や名声を不正に利用している(寄生的競争行為:Parastic Competition)と判断し、「Metra」の販売を禁止した。(また、5年くらい前にイヴ・サンローランのシャンパーニュ(Champgne)という名称の香水の販売がフランスで差し止められたが、これも同じように「寄生的競争行為」という理屈にもとづくものであった。)

では、イギリスはどうであろうか。紳士の国(?)イギリスが「ただ乗り」行為なんか許すはずがない、フランスよりも厳しいはずだ、と考えられる方もいるかもしれない、しかし、答えは否である。イギリスでは、商標法とは別に、判例によりパッシング・オフ(Passing Off:詐称防止)という概念が19世紀以来認められている。パッシングオフの典型的な例として、1896年に「Camel-hair Belting」事件というのがある。らくだの毛を使ったベルトが「Camel-hair Belting」という商品名(商品の内容そのものの名前ではあるが…)で大ヒットしていたのを、競争業者が同じ商品名でらくだの毛を使ったベルトを売り出したところ、消費者がだまされる可能性がある以上「パッシング・オフ」行為に該当するとして、裁判所は競争業者の販売を差し止める命令を出した。

しかし、パッシング・オフが認められるためには、「だまされる可能性」の有無が重要なポイントとなると言われている。(この点、全術のフランスの「Mars」事件において、消費者が勘違いする可能性が認められなかったにも拘わらず、裁判所により違法な行為と判断されたことと対照的である。)例えば、最近のイギリスの事件でRoho事件というものがある。これは、非常にヒットした健康クッションの形状をそっくり真似したクッションを競争業者が販売したケースであるが、裁判所は、商品名が大きく異なっており、高価な商品で消費者も慎重に選択する以上、二つの商品を勘違いすることはないとして、パッシング・オフの成立を認めなかった。この判決の中で、ジャコブ裁判官は次のように述べる。「イギリスではコピー行為そのものは違法行為にあたらない。今日他人の商品をコピーした者は、明日は発明者になり得るのである。だまされる可能性がない以上、彼の行為を禁止することはできない。」


この「だまされる可能性」が認められない限り、パッシング・オフとして規制されないという裁判所の考え方を拠り所として、イギリスのスーパーマーケットは、古くから「Lookalike goods(模倣商品)」というものを数多く販売してきた。例えば、左の写真を見て欲しい。左はネスカフェのインスタントコーヒー、右は大手スーパーマーケットのインスタントコーヒー、ネスカフェの商品が物真似されていることは明らかである。しかし、「NESCAFE」のブランド名は使われてなく、「だまされる可能性」をネスカフェが裁判所で証明することは難しい。


3,4年ほど前にイギリスで「コーラ戦争」というものがマスコミを賑わせた。ページ冒頭の写真の右はコカコーラの缶コーラ、左は大手スーパーの缶コーラ(上のインスタントコーヒーのケースと同じスーパーである)。さすがに、この行為をコカ・コーラ社は見逃すことはできず、ついに裁判所に訴えるところまでいった。残念ながら(?)、このコーラ戦争、両者が和解してスーパーも缶のデザインを変更したため(下の写真参照)、裁判所がこの事件をどのように判断するかという点は明らかにならなかったが、コカコーラ社にとってスーパーの違法性を証明することが簡単なケースでなかったことは確かである。


最近、この問題の大手スーパーに行って、模倣商品を探したが、明らかに模倣していいるという商品は見当たらなかった。せいぜい「MARMITE」の缶の形が同じような商品を見つけたくらい(写真参照)だったが、このくらいはかわいいものであって、「模倣商品(lookalike goods)」といって目くじらをたてる程でもないような気がする。聞くところによると、こういった傾向は、最近スーパー数社が自主的な協定を作成し、lookalike goodsの製造・販売を自粛することにしたことが原因らしい。しかし、この協定の参加することを拒否した大手スーパーもあったとのこと。また、ロンドンの街を歩くと、ブランド商品のパクリ商品(よく言えばパロディ商品)をよく目にする。こういう商品を見ていると、「紳士の国イギリス」ってどこにあるの?という感じがしてくる(だからといって、「フーリガンの国」というわけでもないだろうが…)。

さて、イギリスが、少なくともフランスよりは「ただ乗り」行為に寛大な国であることはおわかりいただけたかと思うが、日本と比べて、どっちが寛大な国なのであろうか。ここで問題。今、ロンドンでは、「MAMMA MIA」というアバの歌を題材にしたミュージカルが大流行で、オペラ座の怪人よりも良い席の入手は難しいようだが、もし、私がこのアバ・ブーム復活に便乗して、アバのロゴが入ったTシャツを販売したら、違法なのであろうか。日本とイギリスで結論は異なるのであろうか。次回(いつのことだか…?)はこの問題(Common Field of Activity)を考えてみたい。(99/9/7)

今回はイギリスと日本の本の値段について考えてみたい。

日本の本は背表紙に値段が印刷されていて、どこの本屋に行っても同じ値段で売られている。本に関して値引きされる事はない。この値段というのは本屋で決められているのではなく、出版社で決められている。このようなシステムを再販価格維持制度という。

一方、イギリスでも本の値段は普通の新刊本ではどの本屋さんで買っても大体同じ金額である(一般にイギリスの本は音楽CDなんかと同じで日本よりも割高である)。ただ、新刊本以外の本が値引きされて売られていることは決して珍しいことではない。右の写真は近所で買った本で、通常は3ポンド50ペンスするがセールでたった59ペンスで売られていた。このようなことは日本の普通の本屋さんでは基本的にはお目にかかることはできない。

本の値段に関する法律

日本とイギリスでこのような違いがおきる理由は法律の違いである。チャートは一般の商品の販売過程においてどのようにその商品の値段が決定するかを示している。原則的には小売業者は幾らで消費者に売るか決める権利がある。その為、チャートから見てもわかるように、商品の値段はそれぞれの小売業者によって違ってくる。熾烈な価格競争があるからこそ値段は安くなっていくのである。(チャート1)


小売業者が実際に消費者に売る為の価格を、もしも製造業者が決定したらどうなるだろうか。結果は、製造業者の指示によりどの商店に行っても小売価格が同じという事になり、価格は今まで以上に高くなるだろう。これが価格維持制度である。(チャート2)この制度下では少なくとも同じブランド内での価格競争(ブランド内競争)が失われる為、消費者は高い値段のまま商品を購入する事を余儀なくされる。その為、日本を含む多くの国では独占禁止法もしくは競争法が、製造業者が小売業者の価格決定を阻む事を禁止している。それゆえ日本においても様々な商品がお店によって値段が異なって売られている。

しかし、日本では本の値段はどこの書店でも同じである。これはなぜだろうか?理由は日本の独占禁止法が文化的見地から、本、雑誌、新聞、レコード等いくつかの著作権物にだけ特別な扱いをしているからである。つまり、日本の価格維持制度はそれらの著作権物の為にだけ独占禁止法下で認められている。


諸外国はどうなっているのだろうか。グラフの○印は価格維持制度が認められている事を示し、×印は禁止されている事を示す。イギリスでは最近まで本の価格維持制度は認められていたが、1997年に裁判所が違法の判決を下した。 (グラフ参照)

再販価格維持制度は廃止すべきか?

それでは日本は今後も本や新聞に対する特別措置を継続すべきなのであろうか。日本でも最近では多数の人達が価格維持制度に対して抗議を行い、政府でも廃止すべきなのかが討論された。しかし、多くの新聞会社と出版社が政府に対し反対キャンペーンを行った結果、価格維持制度廃止は先送りとなった。

それら多くの新聞会社と出版社は、本と新聞は文化の発展に寄与する為、独占禁止法下で他の商品と同じように分類されるべきではないと主張する。彼らの主張は一見もっともらしいが、本質は彼らの利益を守っているだけで、消費者の利益を守ろうとしているわけではない。価格維持制度を廃止すると文化の発展が妨げられると彼らは証拠もなく主張するが、価格維持制度は文化の発展とは全く関連がない。例えばアメリカがいい例である。アメリカでは本の価格維持制度は1975年に廃止されたが、それ以降アメリカの文化は荒廃していったとでも彼らは主張するつもりなのであろうか。また、そもそも、文化の発展に寄与するのは本や新聞だけなのだろうか。彼らが本気でそう思っているとしたら、それは傲慢以外の何物でもない。

再販売価格維持は、知的財産権という独占を保証する制度と独占禁止法という競争を保証しようとする制度が正面から衝突する問題の一つである。だからこそ、「文化の発展」というわかったようでわからない言葉で議論をごまかすことだけは避けるべきである。しかも、再版制度の維持が利益につながるマスコミが、維持論の正当性を世論のごとくに報道するのは、いかにも日本のマスコミ的でアンフェアである。私個人としては、原則として、本や新聞も競争原理に晒すべきで特別扱いすべき理由はないと考えている。確かに、私の大好きな街の小さな本屋さんに不利な影響が及ぶ可能性はある。しかし、街の八百屋さんも大きなスーパーを相手に頑張っている。そんな八百屋さんと本屋さんを区別することはできないと思う・・・。(99/9/5)
99年3月7日早朝に英国にてスタンリー・キューブリックが亡くなった。享年70歳。「時計仕掛けのオレンジ」、「博士の異常な愛情」、「2001年宇宙への旅」や「シャイニング」といった数々の名作、話題作を残して、また一人映画界の巨匠がこの世を去った。

彼は、マスコミ嫌い、人嫌いで有名で、1960年に米国から英国のマナーハウスに移住して以来、そのまま英国でその生涯を終えることとなったわけであるが、英国の著作権法とも少なからず関係のある人である。

彼の代表作の一つである(2001年と並び、私の最も好きな)「時計仕掛けのオレンジ(A Clockwork Orange)」は、英国で1972年から1973年の61週間に亘り上映された映画であるが、その後、この映画は一度も英国で上映されていない。また、現在にあっても、英国ではレンタルビデオやDVDで観ることもできないのである。これは、映画の暴力シーンやレイプシーンが「copycat attacks(模倣暴力行為)」を英国内で数多く誘発したと批判された後に、キューブリックが突如として映画配給会社であるワーナー社に英国での上映を中止させ、その後、一切、英国のこの映画の上映やテレビ放送などを許諾しなかったからである(キューブリックは、ワーナーに著作権を譲渡する契約の中で映画の上映を中止させる権利を留保していたらしいが、なぜ、キューブリックが上映を中止させたか、その具体的な理由については、彼は一言も語っていない)。

その後、1993年に、あるテレビ製作会社が、フランスから「時計仕掛けのオレンジ」のLDを入手し、映画のシーンを数多く(映画全体の10%程度)利用して、「何故英国での上映が中止されたままなのか」といった点についてのドキュメンタリー番組を制作して、「Forbidden Fruits (禁じられた果実)」という題名でチャンネル4(英国の地上波)で放送しようとした(なお、この制作会社は、キューブリックのインタビューシーンを番組に挿入しようとして、彼に何度もインタビューを申し込んだが、忙しいと言われて断られている)。これに対して、映画の著作権を有するワーナー社が放映の差止を裁判所に申し出て、いったんは放映差止が認められたが、控訴裁判所でその決定は破棄され、放映が許可された。

もちろん、テレビ番組に挿入された映画のシーンの利用に関し、テレビ制作会社は何らの許可も得ていないので、原則的には、映画の著作権侵害となりそうである。ところが、英国の著作権法においても、日本の著作権法32条と同じように、批評や評論を目的とする場合に他人の著作物を利用することが、著作物の公正利用(Fair Dealing)として著作権侵害とならないとされている(Section 30 of 1988 Act)ことが、この裁判のポイントである。英国の控訴裁判所は、このテレビ番組は「時計仕掛けのオレンジ」の上映中止を批判しているだけでなく、この映画そのものを再評価しようとしているものであるとして、「公正利用」に該当すると判断した(Time Warner v. Channel Four TV, 1994 EMLR 1)。

この結果、「禁じられた果実」の放送はめでたく認められたわけであるが、いまだ、英国では「時計仕掛けのオレンジ」自体の上映は再開されておらず、ビデオでも観ることはできない(米国などから個人輸入するしかない)。その意味で、英国においては、この映画「時計仕掛けのオレンジ」はいまだ「禁じられた果実」なのであり、キューブリックが死んだ以上、もしかしたら永遠の「禁じられた果実」になる可能性もある。キューブリックが亡くなった今、彼が上映の中止を指示した真意は永遠の謎となったわけであるが、あの偏屈親父が天国からにらみをきかせている以上、上映を再開しない方が良いのでないか、と個人的には思う(法律的には色々な議論が可能であろうが・・・)。

いずれにしろ、一人のキューブリック・ファンとしては、彼の冥福を祈ると共に、彼の遺作となったトム・クルーズとニコール・キッドマン夫妻主演の映画「Eyes shut wide」が「腐った果実」でないことを期待するだけである。 (99/3/9)

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このブログには過去の思い出から現在の猫たちとの生活までが保存されています。London Storyは1998年から2000年までの在英時代の記憶のかけら、Catsにはブログを始める前の記憶のかけら、そして2004年から始めたあびだよりには現在一緒に暮らしている猫たちの様子をアップしてます。

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3匹のアビシニアンファミリ

  • 2001年7月30日生まれ親父。2010年5月21日虹の橋。      
  • 2005年1月10日生まれ奥さん。
  • 2006年4月26日生まれ第3女子。


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