イギリス南西部の最近のブログ記事

旅のきっかけ

同居人の友人が出張でイギリスに来ることになり、週末に時間がとれるのでロンドンに戻りながらゆるゆるとコッツウオルズに行ってみようという話になった。私達もまだ行ったことがなかったし、イギリスは田舎がいい、と多くの人から聞いていたので大賛成、色々情報を集めることにした。

コッツウオルズという丘陵はロンドンから北西に鉄道で約二時間、そのあちこちに「イギリスでもっともイギリスらしい田舎」と称される小さな村が点在している。今回は限られた時間の中で幾つかの村を車で移動した。村はそれぞれに特徴があり、天候にも恵まれた為、思った以上にのどかな風景を満喫することができた。

以下はコッツウオルズ周辺図。緑色の地帯がコッツウオルズ丘陵で大文字で表されているのが都市、小文字の村が今回たずねた村だ。
土曜日の午前中レンタカーで一路バーミンガム方面に走らせる。三斜線の高速道路は混雑もせずにスムースに流れる。イギリスの高速道路も一番右が追い越し斜線で、一番左はトラックなどの速度の遅い車が走っている。車を運転する人ならわかるだろうが、高速道路を走る場合、まわりの車の流れにのる事が重要だ。そうして前を走る車と同じような速度で走っているのだが、真中の車線で走っているにもかかわらず、気がつくとスピードは150キロちかい!ということは追い越し車線を走っている車は一体何キロでているのだ?しかもうちが借りたレンタカーのフィアットプント(注:プントは日産マーチと同レベルの車)と同種の車がびゅんびゅん飛ばしている。ひえぇ、こわいよお。。

同居人の友人U氏をバーミンガム近くでピックアップ。まずは一番近いストラトフォードアポンエイボンに向かうべく田舎道を進む。途中道に迷いそうになったが、どうにか20分程で無事到着する。ここは、かのシェイクスピアの生誕の地で有名な街。エイボン川が街をながれ、街自体は高い建物もなくてこじんまりとまとまっている。今まで一週間近くもっと田舎に缶詰になっていたU氏は、週末の買い物客がわらわらといる事にびっくりしている。


我々はまっすぐシェイクスピアの生まれたという家に向かう。(写真)この家は街のど真中、ハイストリート沿いに建っている。1564年にシェイクスピアが生まれ、1806年までこの家は彼の一族の所有で、その後人手に渡ったりしたが今は国の所有となっている。2階建てのちょっと天井が低めの家だが柱や梁はかなりしっかりした木材で建てられているようだった。

その後川沿いを散策して次の目的地チッピングカムデンに向かった。

車で20分も走ると急に駐車している車が増えだして、もうそこは街のハイストリートだった。この街は牧羊で栄えたコッツウオルズの中でもひときわ重要なマーケットタウンとして栄えたらしい。その名残は1627年に建てられたマーケットホールにしのばれるが、今から見ればとても小さな屋根だけついたバスの待合所のようだ。(写真)

一本道のハイストリートにはこの村の規模からするとかなりの数の車が駐車されている。こちらも駐車のスペースを探している間にかなりはずれの方にきてしまった。どうにか駐車して来た道を戻るように歩いていると、右に曲がる小さな道の向こう側が草に覆われた丘になっている事をU氏が発見した。裏側ってどうなっているのだろう、というU氏の言葉にみんなで道をそれることにしてみた。


そこは学校のグラウンドを倍くらいにした大きさの草がはえているだけの空き地だった。そこからはハイストリートには戻れないようだったので、来た道をひきかえそうとすると一人のおじいさんが向こうから歩いてきた。塀もなくて他人の家が後ろから丸見えのような場所だったので、勝手にはいってくるなと怒られてしまうかと思っていたら、「この丘を上って向こう側から下ればメインストリートに戻れるよ。」と教えてくれた。やはり田舎の人は親切だ。確かによくよく見ると「Public footpath」と矢印がひっそりとでている。踏みしめられてなんとなく道っぽくなっているfootpathを歩いてゆるーい丘を登って後ろを振り返ると、静かな街並みとその反対側の丘に数十頭の羊が草を食べている風景が目に前に繰り広げられていた。はじめて見るコッツウオルズの風景がしっとりとしみてきた。


言われたとおりに進むと舗装された車道にでた。気づくとまわりには茅葺きのお家がぽつんぽつんと建っている。窓も小さめだし外からみても高さがあるような家ではないが、きっとつくりはしっかりしているのだろうと思った。安定感のある温かみのある家だ。大体どの家にも煙突があったから、冬場は暖炉を使用するのだろう。

ハイストリートに戻って散歩をしながらお茶をした。スコーンは暖かく、クリームも味が濃かった。


この村は一本のハイストリートがゆるやかにカーブしていて、道沿いの建物は薄い黄色の色調だった。新しい建物がないからか、ハイストリート沿いは石の建物で全体がまとまっていて、すこしはずれると茅葺きの家が建っているようだった。

そのハイストリート沿いに一軒インテリアショップがあったのではいってみた。ガイドブックによるとイギリスの大御所的デザイナーの店で銀製品は首相官邸でも使われているそうだ。鉄製のキャンドルスタンドやワイン置き、ペッパーミルや台所製品、どれもセンスがいい。ぶらぶら見ていると同居人が鉄なべの前でストップして、これで餃子焼いたらおいしいだろうな、とつぶやいている。鉄なべだから当たり前だが持ってみると非常に重いので、普通の料理を気軽に作るような代物ではない。(チャーハンなんか作ったら手首が折れそう)しかし「鉄なべ餃子」という言葉の魅力には抵抗しきれずお買い上げとなった。(後日餃子を焼いたら皮かりかり肉汁ジュッでおいしかったですぅ)


日も暮れてきたので本日の宿のあるチェルトナムに向かう。電車でコッツウオルズに来る場合基点となる駅があるのがチェルトナムだ。夕食でワイン2本が空き、その後お土産にもらったするめをつまみにシングルモルトだビールだ、と飲んで気づいたらベットの中だった。

この日、朝食を控えたのには別の理由もあった。イギリス人に教えられたお勧めのパブランチの為にお腹をすかせておきたかったのだ。そのパブはバーフォードの近くだったのでお昼までこの村を散策することにした。


この村はいままでの中では一番開けている。バイブリーは牧草地の奥まった所にひっそりとある村だったが、バーフォードは幹線道路から近いこともあって車の往来も多いし、坂道のハイストリート沿いには色々とお店もある。


どの村も地元産出の石を使っているので街並みの色がそれぞれ異なるのだが、ここバーフォードの石は白っぽい薄黄色で建築家のクリストファーレンがロンドンのセントポール寺院を建てる際に、この地産出の石を使うようにと指定したそうだ。

村のはずれの小さな橋は中世に建てられた橋だそうで、車はすれ違うことができないくらい幅が狭い。その橋のたもとにある大きなイチョウの木は黄色に染まった葉っぱを風がふくたびに吹雪のようにちらしていた。

お昼近くになっていざパブに向かうことにした。地図にはどうにか名前がのっている程度の村の中のたった一軒のパブで住所もわからないが行けば必ずわかるから、と薦められしかもそんな村のパブなのにランチの予約はした方がいいと忠告された。はてさてどんなパブなんだろう。


標識にそってまたしても一本道をぐんぐんと奥にはいっていく。途中別れ道もでてきたが、とにかく行きやすい方向に車を走らせると右側にパブらしい看板をだす建物が見えてきた。名前をチェックすると確かにそのパブだった。店の前に車をとめて外にでる。まわりは牧草地、川が流れ遠くに羊の群れが見える。近くには家らしい家もない。それでもパブはこの近くの人達の溜まり場なのか、パブ周辺にはたくさんの車が駐車されていて、中には紺とシルバーのポルシェのボクスターが2台も連なって駐車されている。こんな田舎だからどちらかといえば4輪駆動の方が似合いそうだが、ボクスター2台となるとそれはそれで見ている方も楽しい。(写真:パブ外観)


ロンドンでみるようなパブとは違い、いくつもの小部屋に分かれた天井の低いつくりで天井には梁がむきだしになっている。我々が到着した12時30分頃には数人のお客さんが椅子に座ってビールなどを飲んでいたが、ほとんどのテーブルには予約の札が置いてある。

我々もそれぞれキドニーパイ、ポークソテー、ミックスグリルの食事を頼んで、待つ間ビール片手に外にでた。ここはコッツウオルズのガイドにでてくるような村ではないので車の通りも少なく、携帯電話、テレビなどの人工的な音がほとんどしない。景観を損ねるといえば遠くにつながっている電線ぐらいなもので、本当にただの羊のいる牧草地に囲まれた田舎の一画に立っているのだった。


しばらくビールをちびりちびり飲みながら三人で外でぼーとしているとお店のご主人が食事の用意ができた、と呼びにきてくれた。三人とも体調万全で食事を頂く。キドニーパイのパイは手作りの味がしたし、付け合せの野菜もほくほくしておいしかった。この頃にはパブの中のテーブルはほとんど満席状態で、予約をしたほうが良いと言われた事に納得した。

イギリスらしい田舎にある、田舎っぽいパブで大満足した三人は次の村バートンオンザウォーターに向かった。ここに向かう途中がコッツウオルズの中でもかなり標高が高い場所になるので、ドライブは箱根の気分、たまに見えてくるのは眼下に広がる緑の村々で、気づいたら山頂に着いていました、といった感じだった。

バートンオンザウォーターにも川が流れているが、その水深は足首ほどだろうか、その川にはほんの少しカーブのついた橋がかかっている。川沿いにはいくつものお店があり、ハイストリートもなかなかの込み方で、ストラトフォードアポンエイボンのミニチュア版のような村だ。駐車場はかなり広くて大型の観光バスも6,7台停まっていた。


同居人のリクエストでモーターミュージアムに向かう。昔の水車小屋を改造したというミュージアムには30年来のコレクションが集められているが、ミュージアムというよりは個人が好きで集めた車に関わるすべて、もちろん古い車からミシュラン人形、プレートまでなんでもありで、それが所狭しと並べられている大きな趣味部屋といったところだ。しかしディテールには凝っていて、1930年代のロンドンタクシーの座席にはその頃のらしい新聞紙ザタイムス、山高帽、ステッキが置かれていた。同居人は「こげな充実した博物館は、ロンドンの自然史博物館以来や!」と言って興奮しまくっている。興奮を抑えてやるために「BRUM」というテレビシリーズのミニカーを買って与えると、大事そうに持ってニコニコしている。


村の中心から離れるように少し歩くともうそこは牧草地、またしても羊たちがゆっくりと草を食べている風景にであえる。途中で通りすぎる家では家人が庭の手入れに忙しそうだった。

村を散策しているとモデルビレッジの看板がでてきた。この村を小さく縮小して屋外に展示してあるので自分がガリバーになった気分になる。教会では中にミニチュアの椅子もおいてあって、賛美歌までながれていた。

駐車場に歩いていく道路沿いにも黄色にそまったイチョウがたくさんの落ち葉を作り出していた。たくさんの鳥が住みかに向かって飛んでいた。こちらも大分夕暮れが迫ってきたので、この村を最後に一路ロンドンへの帰路についた。
旅のきっかけ
ケンブリッジで学生生活を送っている友人が大学でのフォーマルディナーに来ませんか、と誘ってくれた。知り合いがいなければカレッジの中に入ることは滅多にできないだろうし、二つ返事で行くことを決定した。ロンドンからケンブリッジに行くにはキングスクロス駅かリバプールストリート駅から電車にのって約一時間の旅。日帰りも十分できるが今回は一泊してゆっくりすることにした。

コッツウオルズの地図にケンブリッジも示されているが、場所はロンドンから北方面にある。オックスフォードもそうだが、いくつものカレッジが点在しておりそれらを総称してケンブリッジ大学と呼ぶ。ケンブリッジで一番歴史のあるカレッジは750年も歴史をさかのぼるというから、日本で言えば鎌倉時代にすでにその伝統は始まっていたことになる。平坦な石畳の街である為、学生のもっぱらの移動手段は自転車で、通学風景はさながら中国を思い起こさせると友人は言っていた。


Formal dinner (大学での夕食)
金曜日午後6時頃のキングスクロス発電車にのってケンブリッジに向かう。時間帯のせいか電車は込み合っていて席が確保できなかった。それでも東京の混雑よりはましだから、一緒に招待された友人と世間話をして時間をつぶす。電車は定刻通りケンブリッジに到着し、タクシーの列に並ぶ。タクシー乗り場横には自転車置き場があり、多数の自転車が整然と並べられていた。(写真:ケム川にかかる「数学の橋」)


ディナーは午後7時30分からスタート。木製の椅子とテーブルの上に人数分の食器が並べられていた。一番端は段差が一段高くなっていて椅子も立派なものが並んでいる。そこには教授が座って食事をするそうで、教授が入場する時は学生は全員起立して迎えるのだそうだ。今回招待してくれた友人は荷物の中から黒いガウンをとりだして着ている。ケンブリッジの学生が入学式や卒業式、こうしたディナーの時に着用することになっているケープのようなガウンだが、年に数回の出番の為に新品90ポンド(日本円約18000円)は高いか、記念と思えば安いのかは人それぞれだろう。(ちなみに中古も売買されているそうだ)(写真:キングスカレッジ)

コースはフルーツサラダ、チリコンカンのような煮物か鮭のグリルに付け合せの野菜、デザートにプリン、コーヒーとシンプルだった。イギリスの鮭は非常においしいのだが、今回でてきた鮭はナイフが入らないくらい硬かったそうだ。チリコンカンの方はベジタリアン用の食事だったが味付けは十分されていた。飲み物は持ちこみで友人が買っておいてくれた赤ワインと白ワインを飲んだ。

その後カレッジの中を案内してもらった。金曜日の夜だったので図書館には男性が一人しかいなかったが、非常に静かでこじんまりとした図書館だった。食堂近くにあったバーでは、大学生対抗のクイズをしていたようでマイクをもったお兄さんが問題をどなっていた。カレッジに一旦入ってしまうとそこは勉強施設の整った大きなアパートメントといった感じで、勉学に取り組むには落ち着いていて非常にいい環境が提供されていると思った。

その後街の中心まで散歩がてら歩いてその日の宿にたどり着いた。

Cambridge (ケンブリッジの街)

昨日から小雨まじりの天候だが、朝起きるとどうにか晴れているようだ。この日の朝ふとテレビをつけたらなんとアニメのポケモンが英語の吹き替えで放映されていた。しかもどうも初回のようだ。これからピカチューもイギリスではやるのだろうか。


宿に荷物を預けて最初に向かったカレッジは1441年設立のキングスカレッジ。大体造りはどこのカレッジも一緒だが、正面から入ると青々とした芝生の中庭があってそれを取り巻くように建物が建っている。


チャペルのあるカレッジは、外見でステンドグラスなどがあるのでわかる。このキングスカレッジのチャペル(写真:ケム川から見たチャペル)はケンブリッジの象徴的存在だそうで100年近くも設計を練りなおして1515年に完成した。一歩中に入ると高い天井まで色とりどりのステンドグラスがはめられており、真中上部には立派なパイプオルガンが設置され、その音はチャペルの隅々まで響き渡り荘厳な雰囲気を担っている。


すぐお隣はトリニティホールというカレッジだ。丁度カレッジ横で自転車にのった落ち着いた感じの男性とすれ違ったがロンドン大学の法学部で教鞭をとるような教授だったらしい。そんな先生もマウンテンバイクにのってご通勤のようだ。(トリニティホールは法律学で有名らしい)トリニティホールをつっきるとケム川にあたるのだが、その川近くの一本の大きな木が丁度黄色に紅葉していて、しかし芝生はまだ真っ青でそのコントラストが美しかった。


順順に北に歩くとチャールズ皇太子の出身校であるトリニティがでてくる。丁度私達が訪ねた日は中に入ることができなかったので、知らずに入ってしまった一瞬にこれまた芝生の綺麗な中庭だけを見てすぐに退散した。


トリニティのすぐお隣は1511年設立のセントジョンズカレッジだ。ここは昨夜宿に戻る途中でちょっと立ち寄ったがここの食堂でもディナーをしていて、ちらっと見た雰囲気は中世の古いレストランで食事をしている感じだった。このカレッジからケム川にかかっているのが有名な「ため息の橋」(写真下)でヴェニスの橋を模倣して作ったそうだ。この橋を見ていたら丁度ウェディング姿の新郎、新婦がボートでくだっていた。


ここの運動場にも足をのばしたが、丁度学生が芝生の上でホッケーをしていた。リージェントパークの一角といってもいいくらい広い芝生にはテニスコートや各種競技ができるようになっていて、ロンドンの大学にはこれほど大きなスペースはないだろうからこれも充実している施設のひとつだろう。

お昼はケム川が見えるレストランでインドカレーを頂いた。メニューでは「slightly chilly」と書かれた豆のカレーが、実は口に入れると5秒後から2分後まで辛くて辛くてしょうがないカレーだった。辛くてもおいしいからついつい食べてしまうのだが、これイギリス人の口に合うのだろうか?


食後は現代建築の法律学部の建物(写真左)を見にいった。カレッジとは別に法律学部が独立してあるというのも不思議だ。空港をデザインした建築家の作品だけあって、明るくて吹き抜けを多用してある建物だ。しかし、吹き抜けが多いだけに上の方で物を落としたりすると下までずーんと響くそうだ。


午後は名物川くだりをした。長細いボートにのって2m以上はある長い棒で水深の浅いケム川の底をついてボートを進める。これが結構難しいようで、しかも川には多数のボートがでていたから気がつくと他のボートと当たったりしてなかなかまっすぐ進まない。このボートから落ちる人もいるみたいで、と話しをしていたら前の方でドボーンと音がした。振りかえると前を進んでいたボートの漕ぎ手がすっかり川の中に落ちていた。瞬間をみていなかったが、おそらくバランスをくずして落ちてしまったのだろう。怪我をするような深さではないから、まわりにいたボートからいっせいに拍手とはやしたてる声がした。頭からつま先までずぶぬれになってしまった彼(写真左下)はその後もボートを漕いでいた。

ボートに乗っている間に雨が降ってきたのでボートを戻してちかくの学生会館で雨宿りする。しばらくすると雨もやんだので宿に戻って荷物をとってケンブリッジ駅に向かい、丁度三分後に出発のキングスクロス駅行きに飛び乗ってロンドンに戻った。
日本の最西端で海に沈む美しい夕日を見たことがある。そしてある日、イングランドの西の果てはどうだろうとふと思った。イングランド最西端は「Land's End(地の果て)」と呼ばれている。ガイドブックにも荒れ果てた海、といった形容詞が並ぶので、日本の最西端の景勝地とは全く違うようだ。いつもこうやって端ばかりを追いかけて旅行しているわけではないのだが、なんとなくいつかはイギリスの最西端、ヨーロッパ大陸の最西端も制覇しよう、ということになった。

しかしながら、ロンドンからイングランド最西端に行くには、電車の西の終着駅まで約6時間、そこからバスで約50分、と果てしなく遠い。少し気がそがれたので地図を開いて周辺を調べてみると、セントアイブスという港町、ダートムーア国立公園、エクセターなどちょっと寄ってもいいなと思うような街や海がでてきた。しかもこの辺りはスコーンにかかせないクロテッドクリームの名産地でもある。帰り道にどこかのティールームでおいしいクリームティーでお茶の時間、というのもいいだろう。そうして色々寄るには車の方が便利だという結論に達したのでさっそく近くのレンタカー屋に車の予約に行く。今までフィアットプント、日産マーチ、ポロなどを借りてきたが、今回今まで以上に長い距離を走行しなくてはならないというのに、なんとスズキのアルトだった。(涙)

 

上記はイギリス南西部の地図である。ロンドンからブリストルまで高速道路M4、ブリストルからエクセターまではM5が通っている。エクセターからはA30という一般道路をひたすら西に向かった。緑色は国立公園の場所である。



朝午前9時30分に出発、一気にランズエンドを目指すべくM4にのってひたすら飛ばす。イギリスの高速道路は大体三車線あって、トラックや遅い車は一番左、追い越し車線は一番右だ。平均速度は一番左から時速100km、120km、140kmといったところだろうか、とにかく全体的にスピードが速い。どのドライバーも自分が走りやすい速度で走るものだから、前の車が遅いと思うと車間距離がたいしてなくてもすぐに右に車線変更して追い越そうとする。そのおかげでこちらは急に割り込まれてブレーキを踏むことも度々なのだが、むこうは悪びれもせず遅い車を追い越すとさっさと元の車線に戻っていく。

ブリストルでM5に乗り換えて南に向かう。順調に車は進み、お昼過ぎにエクセターに到着。今日はとにかく先に進まないといけないので時間の無駄はできない。途中の道沿いにあったショッピングセンターのようなところに寄って一休み兼昼食をとる。ここは州でいうとDevon州、クリームなど乳製品の名産地なのでさっそくクリームティーを頼む。(注:イギリスではスコーン、イチゴジャム、クロテッドクリーム、紅茶のセットの事をクリームティーという)ここのスコーンは1個がかなり大きくて一つだけでもお腹が一杯になりそうだ。クロテッドクリームもたっぷりついていてすでに幸せ気分満点。スコーンにイチゴジャム、クリームをつけてかぶりつく。ちょっと口の中がもさもさしてくるので紅茶を飲むとさっぱりする。この組み合わせは本当においしい。そうしていつのまにか二つ目のスコーンにもしっかり手がのびていた。

この先ランズエンドまでは一般道路A30だが、これも車線二車線になっただけでほとんど高速道路とかわらないくらいで皆飛ばしている。イギリスの高速道路は無料なので、高速道路が終わっても料金所がない。そのまま走っているとそこが一般道路とは思えないのだ。高速と違うところは、途中でラウンダバウト(信号のかわりに丸い円になっていて基本的に待たずに自分の行きたい方向に進める)がちょくちょくでてくる事くらいだ。


鉄道の最西端ペンザンスに到着したのが午後4時頃、ロンドンを出発してから丁度333マイル(532キロ)だった。 ここでようやく海が目の前に見えてきた。ここまでお昼の休憩を除けばほとんど運転し続け、しかも高速での運転だったが、天気は曇りですでに日暮れが迫っていたのでもう一息がんばらないといけない。ランズエンドまであと16キロだ。


ランズエンドまでは対向車もあまりいない寂しい一本道をひたすら進む。周りにも家がある訳でもなく、牧草地が広がっているわけでもなく、たまにぽつんとでてくるパブが「First and Last House」と看板をだしているので目的地に近づいているのがわかる。


そうして午後4時30分、ロンドンをでてから7時間後、ランズエンドに到着した。1台につき三ポンドと書いた駐車場の入り口には誰も人気がなく、さびれてつぶれてしまったような駐車場に10台ちかい車が停まっていた。まずは海に向かって歩く。確かに、荒涼とした海だった。空はイギリス特有の低く垂れた雲が何重にもなって夕日を隠してしまっていたし、吹いてくる風は冷たい。崖のまわりをかもめが何匹も飛んでいるが、その鳥達も気が荒いように感じる。崖の周りは道といえば道の小道がぐるぐるとつながっている。きっと時間があれば散歩するのもいいだろうが、散歩というよりは登山にちかいでこぼこ道で、こんなところで足を滑らせて崖に落ちてしまっても誰も気がつかないだろう。


シーズンにはもっと人が来るのだろうが、既に冬時間のイギリスは夕暮れも早いし、観光客らしい人はほとんどいない。それでも奥に一軒パブがあったのでそこで一杯だけシングルモルトを頼んで乾杯した。目の前の海はどんどん暗くなっていった。

すっかり真っ暗になった道を戻り、今日の宿をとったセントアイブスに向かう。セントアイブスは綺麗なビーチのある港町らしいのだが、到着した頃にはまわりは真っ暗、雨も降ってきたし、とにかく一日運転ばかりだったので疲れをとるべく宿でゆっくりすることにした。

宿に着くといきなりご主人が「犬は大丈夫か」と聞いてきた。好きだ、と答えると同時に羊を小さくしたような馬鹿でかい真っ黒の犬がぬっとでてきた。あそこまで大きい犬は見た事がない。毛むくじゃらで顔がよく見えないが、これは犬というより獣だ。連れが気がついたのだが、確かに宿中獣の匂いが充満してしまっている。これは犬嫌いにはつらいだろうなあ。

ここの宿は浜辺の上に位置しているので部屋はオーシャンビューなのだが、夜で街の明かりしか見えない。明日の天気に期待しよう。夕食も宿でとることにした。かなり広々した食堂に行くと、今度は床にのべーとヒマラヤンのような猫が寝そべっている。人なつこい猫だ。ここのご主人は動物好きに違いない。食堂の窓はかなり大きくてそこからも海が見れるようになっている。この夜はたまたま街で花火があがっていて、夕食を食べながら花火も見れるという絶好の機会に恵まれた。ご主人が作る夕食もきちんとしていて思った以上においしかった。


朝起きるとまだ曇り空で細かい霧雨が降っていた。それでも部屋から見る浜辺は美しく、犬を散歩させている人がいる風景がとても似合っていた。朝食前に浜辺まで散歩することにした。かなり急な坂道をひたすら下ると5分ほどで浜辺にでた。白っぽい砂浜は大きすぎず小さすぎず、白と緑が交互にペイントされた更衣室がずらーと並んでいる。ビーチにあるカフェも同系色でペイントされていて、小奇麗な浜辺だ。太陽が見えそうになるが雲が何重にもなっているのでなかなか陽がささない。


朝食はコンチネンタルとなっていたのでコーヒーだけ飲むつもりで食堂にいくと、メニューにはフルブレックファスト(ベーコン、目玉焼き、トマト焼きなどのイングリッシュブレックファスト)やポーチドエッグトーストなども希望すれば用意される事になっていた。ロンドンのホテルでコンチネンタルといえば、こうしたクックドブレックファストはつかないでコーンフレーク、トーストなどだけが普通なのでちょっと驚いた。昨日と同じくご主人がオーダーをとってから作ってくれたがとてもおいしかった。(写真:食堂から見た風景)


本当ならば芸術家が好みギャラリーが多いというセントアイブスの街も散策したかったのだが、今日は全行程の半分ほど戻るつもりなので、朝食後早速出発する。A30を同じように飛ばすが、雨が降ったりやんだりで雲も低く垂れこめていて連れとちょっと心配する。なぜなら、エクセター近くでゴルフをする予定にしているのだ。A30を途中で右に折れてダートムーア国立公園を通り抜けてエクセターに向かう。ダートムーアはエクセターからプリマスにかけて広がる荒野だ。道は一車線道路になり、風景は今までと全く変わった。たまにB&Bがでてくるが人気はなく、かといって牧歌的な開けた風景でもない。すこし箱根を思い出させる山道で、途中黄色に紅葉した木々の壁が左右に連なり、紅葉のトンネルをくぐっているようで素晴らしかった。

お昼頃ゴルフ場に到着。一人15ポンド(約3000円弱)を払ってプレイする。が、なによりショックだったのは、この日霧雨が降っていたので、芝がたっぷり水分を含んでおりトローリー(ゴルフバックを移動させる手押し車)が使用不可だった事だ。ということは、自分で自分のゴルフバックを担いで18ホール周らないといけないのだ。イギリスのゴルフは18ホールをスルーでのプレイがほとんどなので、途中日本のように休憩がない。スルーでのプレイには随分慣れたが、重いゴルフバックを少なくとも三時間以上担ぐのは初めてなので不安になる。

このゴルフ場はアップダウンがそこそこあって、そこを担いでまわるのは正直きつかった。しかも霧雨がやまないので、9ホールを過ぎる頃にはバックも泥だらけ、かぶっていた帽子のつばからは水滴がしたたる位になってなかなかつらいゴルフだった。しかし、終わりも見えてきた16ホールでは大分陽がさすようになってきて、ふと目をあげるとそこには大きな虹がでていた。しかも180度くっきり綺麗に目の前に光っているのだ。こんなところで虹を端から端まで全て見られるとは思わなかったので、嬉しかった。これはがんばったご褒美だったのかもしれない。

来た道をダートムーアに戻る。宿を決めていなかったので、道すがら宿探しをする。宿は色々あったが、その中の一軒、ツタがからまっていい感じの洋館を見つけたので、今晩はそこに泊る事にした。部屋はピンクと白が基調の、すこし女性っぽい部屋だったが、広々している。夕食はイギリス料理とフランス料理を足して2で割ったような料理で、ソースはかなり考えてつくられていて田舎にしては非常にきちんとしていた。ここには若いカップルから老夫婦まで合計10組近いお客がいて、8時を過ぎると食堂はかなり賑やかだった。



ここでもコンチネンタルといってクックドブレックファストが用意された。地域によって言い方が違うようだ。さて、朝食後まずはダートムーアをドライブすることにした。道路は一車線道路で、少し進むとあっという間に山の頂上にでたり、低い土地に戻ったりでめまぐるしく風景がかわる。羊や牛がのんびり草を食べている風景もあれば、岩と赤茶けた植物以外何もない閑散とした風景が表れたり飽きる事がない。

途中途中で駐車できるスペースがあるので停めてみると、すぐ横に牛の軍団がこちらをジーと見ていたり、馬がこちらには目もくれず食事を続けていたり、サファリパーク牧場版といった感じだ。道路にも羊がでてきてどっかと座って車が横を通ってもびくとも動かない。随分下のほうには教会らしい建物や家が数軒見える。と、思ったら5分もしないうちにその村についてしまった。コッツウオルズは村がそれぞれこじんまりとまとまっていたが、ここの村も静かにダートムーアの中にたたずんでいる。名前もないような川が流れているが、水はとても透明でさらさらと流れている。村を通る道は狭い箇所もあるのでこの時ばかりはスズキアルトで良かったと思う。

2時間ほどダートムーア内を縦横無尽に走り回ったが、その景色は全く飽きることがなかった。お気に入りのテープと小回りのいい車があったら、ここをドライブするのは本当に楽しい。秋で紅葉の黄色や、冬が近いにも関わらず青々している牧草を見られたのは幸せだった。

そうして次には高速道路M5に戻り、ブリストル方面に向かい、途中で高速を降りてチェダーの村に向かった。ここに寄るのはおいしいスコーンが食べられるティールームがあるとある人のHPで発見したからだ。(漢さんに感謝)チェダーはチェダーチーズ発祥の地で、イギリス一の鍾乳洞もある。

チェダーに到着してまずは鍾乳洞にはいった。崖がそそりたつ道路の一角にその入り口はある。解説つきで30分ほどのツアーに参加した。鍾乳洞の中はひんやりと暗いが、アビスやコケなどの植物が太陽は全くあたらないのに上から下方面に生きていて驚く。自然にできた割れ目や底を走る川を見ると、自然の驚異を感じずにはいられない。去年には川が氾濫してとてつもない水量が逆流したそうだ。たまに解説のお兄さんがライトで割れ目を照らしては「あそこにコウモリがいます」と言う。コウモリはロンドン動物園で見た事があるが、気持ちのいい動物ではなかったのでおののく。

鍾乳洞を後にして噂のティールームに向かうが、なんと冬の間は観光客が少ないのでお休みしていた。しかし、チーズやクリーム、ジャムを売る店の方は開いていたので、持ちかえり用のスコーンセットを購入して良しとする。ちょっと話したお店のご主人はとても優しそうな人だった。ここで買ったスコーンは翌日家でオーブンですこし暖めて食した。十分おいしかったが、きっとティールームで頂いた方が雰囲気もよかっただろうと思う。

散歩しながら駐車場に向かう。確かに観光客が冬の間はめっきり減るとみえて閉めているお店がちらほら見受けられる。チーズを作っているところが見られる一角もお休みだったし、お茶処も人気がすくない。よく日本では100円ショップがあるが、それのイギリス版一ポンドショップという店は開いていたがお客さんはほとんどいなかった。

2時頃チェダーを後にして一路ロンドンに向かう。途中以前は造船で栄えたが今はさびれてしまったという雰囲気のブリストルの街を通過してM4にのる。またしても時速120kmでの長旅だ。さすがにアルトも疲れてきたのか、がっちりハンドルを握っていないとふらふらしてしまうし、しかも高速なので気が抜けず手に汗をかいてしまった。帰りの高速は順調で、ロンドン市内にはいってからも目だった混雑はなく、午後5時頃無事に到着。三日間の合計走行距離は700マイル(約1120キロ)をゆうに越していた。移動ばかりだったが、思った以上にとても楽しい旅だった。

あびだよりについて

このブログには過去の思い出から現在の猫たちとの生活までが保存されています。London Storyは1998年から2000年までの在英時代の記憶のかけら、Catsにはブログを始める前の記憶のかけら、そして2004年から始めたあびだよりには現在一緒に暮らしている猫たちの様子をアップしてます。

以前使っていたブログツールがサービス終了したこともあり、MTに移行する以前に頂いたコメントが復活できなくなってしまいました。これまでコメント下さった方、申し訳ありません。ぺこり。

ゆっくりペースの更新ですが、たまに覗きに来て下さると管理人は喜びます。多分、猫たちも。

About Aby Family

3匹のアビシニアンファミリ

  • 2001年7月30日生まれ親父。2010年5月21日虹の橋。      
  • 2005年1月10日生まれ奥さん。
  • 2006年4月26日生まれ第3女子。


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